鎮守の森を植える ― サンクチュアリとしての生きもの広っぱ、その思想と実践

生きもの広っぱ、その出発点

私たちは近代文明(=近代合理主義)のもとに、生態系がすさましく破壊された世界に生きています。毎年、何千種の生きものが絶滅しています。100億人にもなろうとする人間社会、気候変動とエネルギー資源(半世紀後)の枯渇で、人は目先のことしか考えませんが、十年先、二十年先は目も当てられない状況になることは必至です。

生きもの広っぱも、大阪湾の自然海岸を埋め立てた商工業用地、粘土質の荒地です。りんくうタウンは、工場、倉庫、イオンやロングパークなどの商業地でほぼ全体が埋まっています。泉佐野市の連絡橋の手前の公園も、いわゆる普通の公園です。

僕は、それを見据えて、大阪府に対し論陣を張り、りんくうタウンの最南端に、サンクチュアリとしての自然再生公園を要望し、確保したのです。

口酸っぱく言っているように、それはいろんな生きものがそれぞれのニッチ(棲み処、隠れ家、居場所)を作り、食うや食われるで生きるフィールドを作ることです。

鎮守の森を、まず植える

僕は、その中心に鎮守の森を置きました。当初は、紀伊半島などで古代から生えている木を考えた場合、それは鎮守の森であり、まさしく田畑の一部に刈り残された森林なのです。

鎮守の森を成す植生は、今回植えたスダジイ、アラカシ、タブノキらで、それらこそ粘土質の土地に適応し、かつその土壌を団粒状化する、唯一の樹木です。初めに、スダジイ、カシ類、タブノキありきなのです。

この土地は、埋め立てが始まってから二十年ほどで、パイオニア植物(真っ先に生える植物)としての雑草のおかげで、表層だけは団粒状になっており、私たちのこの一年の試行錯誤の繰り返しで、粘土質の荒地は掘り返さずに、そこに穴を掘り、腐葉土、枯れ草、籾殻などを加え、植栽するのがベストで、しかもそれしかないことが判明しました。

「鎮守の森から始めよ」ですから、もう待つことはないと、この五月、会長として、30本のスダジイ、アラカシ、タブノキを植えることにし、実行したのです。今、植えなければ、秋の植栽は実質は春の植栽だから、またまた一年延びるだけだと。

外見と内実――二種類の植栽

寄附金・補助金の獲得にことごとく失敗し、いたしかたなく大阪府の緑と農の苗木政策に飛びついたのですが、樹木は人に見映えのする普通の公園用の樹木でした。この種の樹木は、生きもの広っぱの外側の外見を良くする役割です。花壇も同じです。言ってみれば、人の目に映える市民サービスです。

サンクチュアリとしては、真っ先に着手するのは鎮守の森を成す樹木を植えることなのです。繰り返しますが、この生きもの広っぱは、当初、府・市を巻き込んだサンクチュアリとしてある、ということです。

サンクチュアリ(計画)は、人間中心主義で生態系を破壊してやまない近代文明に対するアンチ・テーゼ――文明への抗議と世界の建て直し――なのです。

近代文明は、ひたすら自然を計量し、掘り返し、支配することに夢中になり、人は今だけの利便さ・快適さの鞘(さや)の中にいます。しかしそれは永遠に続くものではなく、半世紀後にエネルギー資源がほぼなくなると、凄まじい気候変動と完膚なき生態系の破壊の後で、えらいめに会うことは間違いないでしょう。数億年かけてできたエネルギー資源をあて先を考えずに、人はたった数百年で大半を使い尽くすのです。

それは、生きとし生きるものに対する傲慢とはかりしれない罪です。

私たちは、人間が犯した罪を直視し、すべての生きものにその罪を詫び、ズタズタにされた自然の再生の作業に、わずかでも自らを捧げるとき、人はイノチの大きな円環の中で、すべての生きものとともに生きられ、自分を回復することができるのだと思います。

身近な風景が問いかけること

生きもの広っぱ近くにある男里公園のクスノキは、数十年を経て巨木になっていますが、その木の下の雑草はいつもトコトン刈りこまれ、虫たちの生きようがありません。

僕のマンション横の、建物に取り囲まれてしまった使わずの畑は、数十センチの雑草が生い茂り、いつも数十羽のスズメが遊んでいますが、所有者の方がトラクターのような草刈り車で土を固めながら草を丸坊主にしてしまいました。所有者としては管理責任も問われるし、痛し痒しのことなのでしょうが、なんかコンセンサスがないものかと考えてしまいます。

私たちは、あらゆる生きもの・生態系そのものに対して行ってきた残虐な行為、その罪深さから来る心の痛みの自覚から発して、今を生きる生き物たちが楽しい生を得るために、いま私たちは何ができるかを実践的に考え、話し合いながら、植栽・水やり・草刈りなどやっていければ、会長として、これにまさる喜びはありません。

荒地からの再出発

生きもの広っぱの粘土質の荒地は、会長を引き受けたとき、目の前の瓦礫混じりの荒地に、その杜撰なやり方に怒りを覚えました。しかし今となっては、資金がないこともありますが、これは近代文明のそもそもの結果だとし、私たちはそこから――瓦礫混じりの粘土質の荒地、加えて湾岸地帯の強烈な暴風雨といった気候条件――始めなければならないことに気づきました。

繰り返しますが、この荒地の改良には機械はご法度で、十年来の雑草の力で表層が団粒状化した荒地に、この五月に植えた鎮守の森の樹木、スダジイ、アラカシ、タブノキなどを植えることから始めるしかありません。スダジイ、カシ類、タブノキらこそが、粘土質の荒地や潮風にめっぽう強く、岩場でも大木になり、それらが岩をも割り、土壌を団粒状化してくれます。

私たちのミッションは、それらの樹木を植え、世話し、自力で延び上がれる時期まで、しっかり見守ることです。

6000坪の管理方針

6000坪の荒地の管理は年10万円ですから、草刈りは年数回が適当です。鎮守の森の樹木の育ちを見守りながら、外周の草刈りや、入口付近のフェンス際の花壇の整備を、できる範囲でしていければ、それはそれで十分です。

鎮守の森の植栽は、ひとまず高木は最低限の数を、一辺1mの三角形の頂点ごとに植えましたが、秋にはその三角形の真ん中にトベラ、シャリンバイ、サンゴジュ、ハマヒサカキ、トウヌズミモチなどを植えてゆく予定です。

罪を背負い、新しい世界へ

僕らは、単に木を植えよう、花を咲かせよう、草刈りしようというだけのグループではありません。

とりわけ産業革命以降の、無慈悲で獰猛なヒトの生き物への殺傷行為、その罪を自覚し、背負い、新たに生きものとともにあろうとすることで、生きものそれぞれのイノチが何にも代えがたいとする、新たな世界へと反転させることができると考えます。僕らはそのために集まっているとも言えます。

僕らは、生き物への贖罪として、サンクチュアリを創造し、それらの活動を通して、謂わば、イキモノ共同体の一員として自分を自覚する、そういうものでありたいと思います。

サンクチュアリの中心に、始原の自然としての「鎮守の森」を聖なる空間として位置づけることで、ヒトが忘れてきた自然に対する畏怖と、ヒトの浅はかさと限界性をあらためて感じ入ることができ、そうすることで、今とこれからのイノチが真っ当な生を得るための活動を編み出してゆくことができると考えます。

「聖なる空間」とは何か

僕が「聖なる空間」というのは、宗教や哲学以前の、ヒトが動植物と一体化している段階から、徐々に自己に目覚め、自然から分離していく微妙なプロセスで、かつてヒトが住まっていた森の中に現れてくるものです。それは、森の神秘にヒトが畏怖を感じるという様相です。自然から分離しつつ、まだ自然と一体化している世界といったら良いかと思います。

こうした、明らかに(意識を持つ)動物と区別される(自己意識を持った)ヒトが出現するのは、人類学が確定している年代として、およそ五万年前の出来事です。

人になったヒトは、自己に目覚めることで、そこから自然(石や木々、山や川など)は死なないのに、なぜ自分は死ぬのかという問いが立ち上がり、この世に対してあの世を考えるようになります。動物とは異なり、頑強な自我を持つようになった、仏教の謂うところの、ヒトの宿命(業)です。

宗教発生の源流

この自然の永遠性(生)と人間の有限性(死)のギャップが宗教発生の源で、それはまず神話という形で生じてきます。例えば、インドのヒンドゥー教の源であるバラモン教以前にはヴェーダ神話があります。

時の重なりの中で、神話が宗教へと進展し、現在ある、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の四大宗教が、その普遍性のゆえに深まり、世界中に広がりました。

いずれにせよ、僕がよく言う「聖なる空間」とは、ヒトが人となるプロセスで、五万年前から約三千年ほど前までのヒトの歴史に存在したものです。そこには特定の宗教性(イデオロギー性)は微塵もありません。

とりわけ近代以降の人間が自然を支配し、思うがままにできるという人間の浅はかさを排し、生きもの広っぱで生きものたちの声を聞き、ともに生き、自然の偉大と神秘を五感で体感しながら、植栽を基本としたサンクチュアリ作りに励めれば、幸いなるかな、です。


生きもの広っぱ便り ― 五月、草が燃え、命が生まれる

鎮守の森づくり、いよいよ第一歩へ

昨日は、生きもの広っぱにスダジイ、タブノキ、ウバメガシの苗木19本を植えました。

生態系の止めどない破壊が続く世界にあって、りんくうタウンという関西空港絡みの埋め立て地の南端に、三十年前、議員活動を通じて大阪府から生きものの「自然再生公園」を確保し、やっと二年前、府から泉南市へこの区域(旧野鳥園、現生きもの広っぱ)が移管されたことを契機に、泉南市から「生きもの広っぱ」の創造・管理を引き受け、「生きもの広っぱの会」を結成しました。サンクチュアリ(生きものの避難場所、ニッチ=鎮守の森)をめざす構想のもとに出発した活動です。

その中心に古代原始林の面影を残す「鎮守の森」を<生きもの広っぱ>の基本コンセプトとし、それを中心に6000坪の土地の周り、フェンス周辺を花木や草花で取り囲む構想でやっています。

泉南市からは年間10万円の管理費しか出ず、大半を私費でまかなうという、今後、国指定の自然公園になるにしては、あまりにも貧弱な予算です。しかし、言い出しっぺとして、世界の生態系の存続をかけて、晩年の人生をかけてやるしかありません。

2月に府から配布された苗木63本を、すべてが埋め立て土砂で植生には不向きな粘土質の土地に植えたので、会員の血が出るような日々の水やり、土壌改良、溝掘り、肥料やり、防虫などの作業で、大半の花木は生き生きと芽を伸ばし、葉を広げ、花を咲かせてくれています。そして昨日、構想してから二年近く、やっと本丸の鎮守の森づくりの第一歩として、スダジイ、タブノキ、ウバメガシを19本植えました。

会長として資産を投じるつもりでいましたが、その始めに数千万円の詐欺に遭い、自身の生活すら苦しくなって、今回は保護司20年での法務大臣賞の副賞数万円をすべてつぎ込んで、主に九州から購入しました。それでも、三分の一が池であるものの、6000坪の土地に20本ではどうにもなりません。ともかく、1mの苗木が酷暑を経て枯れずに大きく育ってくれることを願っています。

土の話① ミミズと団粒構造

二年前、<生きもの広っぱの会>の会長として活動を再開した時、草が生い茂るだけの、サンクチュアリとはほど遠い光景に呆然としていました。しかし道元が「山は歩く」と喝破したように、百年、千年、万年の単位であれば、有機物だけでなく、無機物も生き、動いています。

粘土質の荒地を掘ればミミズが現れ、草むらにバッタ、カマキリ、コオロギが飛びはね、カナヘビ、トカゲなどが這いまわる光景には、自然の偉大さを感じます。

ミミズという頼もしい助っ人

ミミズは節に分かれた体を持つ土壌生物で、湿った土壌で生活し、落ち葉や土中の有機物を食べて分解・排出し、土壌の通気性や排水性を高めます。粘土質の土地が「団粒構造」の豊かな土に変容するには、なくてはならない存在です。

ミミズの体はリング状の体節が連なっていて、伸縮して移動するときは「剛毛」という短い毛を土に引っかけて使います。そうしてミミズは土中にトンネルを掘り、土に空気を通し、養分を循環させることで「団粒構造」の土を作ります。

面白いのは、ミミズは土を食べ、体内で分解し、背後から排泄しながら進みますが、その際、ミミズが土の中を通るのか、土がミミズの中を通っているのか、境界も曖昧でよくわかりません。

ミミズが縦横無尽にトンネルを走らせてくれるので、通気性や排水性が良くなり、新たな水と空気が流入し、そこに草木の根が這い広がり、菌根菌らが集まります。かくして粘土質の荒れ地は、団粒状に肥沃してゆきます。

ミミズが地中を這い、バッタが跳ね、カエルが泳ぎ、鳥が飛び、僕らは鎮守の森づくりに励む。それぞれの生のラインが交錯し、痕跡を残し、時に強風が吹き荒れ、雨が吹きつける湾岸に、大きな生態系が作られてゆく——生きもの広っぱでの鎮守の森づくりは、一つのリアルな物語です。

土の話② 雑草という聖域

僕が会長を引き受けた時、それ以前の会員の方々がやってくれていたことは、主に草刈りだけでした。僕はとりわけ雑草が好きな質(タチ)で、春になると日に日に若々しい新緑が萌えいずる光景は、いつも感動的です。

雑草は都市空間に馴染まず、人に嫌がられ、排除される運命です。それが近代市民生活というものでしょう。しかし生きもの広っぱの鎮守の森づくりでは、そうした人間中心主義の価値観をひっくり返し、新しい命の見方を表明するものです。

雑草の五つの役割

雑草は、第一に生きた「マルチ(マルチング)」として機能します。雑草がなければ、粘土質の土地では直射日光で地面が乾き、カチカチに固まってしまいます。逆に雑草が土中の水分蒸発を防ぐことで、ミミズや微生物が地表近くまで上がってくるための覆いになります。

第二に、暴風雨の際には風避けの役割も果たします。足元では雨が直接土に当たると土の粒子が叩きつけられて固まりますが、雑草の葉がクッションとなり、出来つつある過程の土の団粒構造を守ります。

第三に、昆虫たちにとって絶好の隠れ家であり、エサの狩り場です。バッタ、カマキリ、クモなどが雑草の中にいることで、そこに鳥がやってきます。鳥の糞は肥料にもなります。

第四に、孵化したばかりの小さな幼虫の命綱になります。地面に近い場所では、生い茂る草によって直射日光が遮られ、湿度が保たれます。この湿った空気の層があるかどうかが、孵化したばかりの小さな体にとって生死の境目になります。

第五に、森づくりにおける先駆者(パイオニア)です。鎮守の森が形をとる頃には、「遷移」として雑草は自然になくなってゆきます。雑草は使い捨てではなく、森への道を開く先導役なのです。

草をことごとく刈ってしまうことは、この複雑な生きものの網目(メッシュワーク)を断ち切り、生態系の回復を止めてしまうことにもなりかねません。

これからは、道の周辺と植樹した苗木の周りだけを半径50cmほどの円形に刈る「輪刈り」に限定し、それ以外は「生きものたちの聖域」として残す——それが僕らの方針です。

鎮守の森の主役たち ― スダジイ・カシ・タブノキ

この三種は、かつて日本の海岸沿いや平地に繁茂していた「照葉樹林」で、いわば粘土質の土壌の主です。

スダジイ(ブナ科)

土壌を選ばない適応力があり、乾燥にも湿気にも強く、痩せた土地や粘土質の土でも育ちます。根が非常に強く、硬い土壌も抱え込みながら巨木になります。秋になるとドングリを落とし、それが小動物や虫を呼び寄せ、その活動が粘土質の土をさらに豊かに変えていきます。

カシ(アラカシ・シラカシ)

根に「粘土を砕く力」が非常に強く、硬い層に食い込み、空気の通り道を作ることで土壌の酸素不足を防いでくれます。

タブノキ(クスノキ科)

水分の調整役でもあり、湿り気の多い重い土を好み、土中の過剰な水分を吸い上げて蒸散させる「天然のポンプ」として機能します。

このようにしてスダジイ・カシ・タブは、それぞれの特性を発揮して鎮守の森を形成し、その主役となります。それらが繁り始めると、葉が土地に落ち、自然と雑草は生えなくなります。だから雑草地は雑草地としてとっておかなくては、ヒバリたちが困るのです。

タブノキ、スダジイ、ウバメガシ(和歌山県で採炭されるスミの原木)の苗木を植えるには5月までなので、ともかくそれぞれ三本ずつ購入しました。エノキはアマゾンで買いましたが、今回は他で購入しました。三年目となり、ようやく鎮守の森づくりの第一歩です。

五月の命たち ― 昆虫の孵化と草刈り休止

昨日は、草むらに座ると、枯れ草が地表を覆い、チガヤやイネ科の雑草が生い茂りかけていました。

五月のちょうどこの時節に、バッタ、キリギリス、カマキリらが、地中の卵から孵化し、地上に出てきます。バッタの幼虫はイネ科の草を食べ、キリギリスの幼虫は草の葉やタンポポの花粉、時に昆虫まで食べます。カマキリの幼虫は、卵から約200〜300匹のまとまった数で孵化し、親とほぼ同じ形で生まれ、エサはアブラムシなどの小さな生きた虫です。

草があることの意味

この五月は気温が急上昇するので、雑草があることで土壌の急激な乾燥を防ぎ、とりわけ粘土質の土壌では、乾燥によるひび割れから幼虫のダメージを防いでくれます。

バッタの幼虫は、孵化するとすぐに柔らかいイネ科の雑草を登り、そこで食事をしたり、脱皮したりします。カマキリの幼虫も、卵のうから一斉に出た後、草を上り、敵に見つかりにくい高い場所へ分散します。だから雑草を刈ってしまうと、バッタらは安全な場所に移動もできず、地表で熱やアリやクモなどの天敵にやられてしまいます。

昆虫を捕食することで、カナヘビやトカゲが増え、それを狙いに鳥たちがやってきます。ミミズなどの地中生物、チガヤなどの雑草、それらを食べる昆虫、そしてカナヘビやツチガエル、それらを捕食する鳥たちといった生の自然循環が、生きもの広っぱで豊かにおこなわれているのです。

五月・六月は草刈りを休みます

したがって、この五月・六月は草刈りを休み、バッタやカマキリの「生きる」を守ることに徹します。

それでなくても、鎮守の森づくりや府からの苗木の植栽で、雑草地は大幅に削らざるをえませんでした。昆虫たちにとって、僕らは突然の不法侵入者のように映っていることでしょう。

バッタらの命が雑草を這い上がり、絡まり合う五月から初夏にかけてこそ、次々と誕生する生命のダイナミズムが溢れます。今、雑草を刈ってしまうと、この広場の主役たちが激減し、豊かな生の循環に支障が出ます。今は草を刈る代わりに、草の合間から何が出てくるか、みんなで生きものを見つめ、考え、しっかり育ててゆきましょう。

梅雨の季節は、私たちは私たちで、ひたすら鎮守の森づくりと花壇づくりに邁進しましょう。

試行錯誤の記録 ― Nプラン白紙から現在へ

去年の秋に、元教育委員長の同級生に会って、直接頼み、彼だけが唯一「一緒に活動は出来ないが、寄附金は出す」と言ってくれました。何度も資金繰りに失敗していましたが、やっと寄附金の目処が立ち、鎮守の森のスダジイを植えることにしました。しかし会員3人の反対に遭って断念しました。

この年度末、長きに待っていた鎮守の森づくりのコンセプトに合わせたNプラン——丘を潰してフラットにし、暗渠(アンキョ「見えない水路」)を再活用して、スダジイを植えるという計画が、行き詰まりました。公園課の約束であった50万円が入らず、暗渠も使用不能だとわかった時点のことです。

それでも前進した五つのこと

(Ⅰ)Nプランは白紙に戻りました。それからです、Nさんがユンボでなければ出来るわけはないと話していた丘陵地の横に、Oさんが一人、僕の知らないところで、一生懸命、手掘りで水路づくりを進めてくれ、ほぼ完成しました。

(Ⅱ)主にNさんとOさんが過酷な夏を、草刈りの際の日陰になるようにと植えた粘土質の荒地にも強いエノキの世話に徹してくれ、この春、待望の芽を出し、葉をつけ始めました。

(Ⅲ)大阪府から配布された苗木も、みんなの共同の水やり・肥料やり・防虫対策、とりわけ新人のWさんの想像を絶する、どしゃ降りの日も強風が吹きまくる日も一日と休まない活動で、大半が枯れずに生き残ってくれました。

(Ⅳ)鎮守の森のメイン樹木、スダジイ・アラガシ・タブノキは潮風や粘土質に抗い、巨木になります。それらの木々こそが粘土質の荒地を団粒状の土に変える力があるのです。

(Ⅴ)丘陵の構造こそ水の滞留を免れ、紀伊半島の海岸線の崖っぷちにスダジイ、ウバメガシなどが林立しているように、これまでの試行錯誤の経験からも、大きく育つという事実に立ち返りました。

皮肉なことに、このままの状態でスダジイらを丘陵地に植える方が上手くゆくのです。最初からそうしていた方が、何の苦労もなく上手くいったということです。しかし、それは試行錯誤の結果わかったことで、今では良き経験になっています。

生きもの広っぱとは何か ― 哲学と覚悟

生きもの広っぱの会が泉南市から受け取る管理費は年間10万円ですから、雀の涙で、浜区の役員の方々が「市も府もやる気がなく見捨てたものを、なぜそんなはした金で引き受けるのか」と言うのも、ごもっともなことです。

しかしこれまでにも書いてきていることですが、人が人間になり始めてから五万年、とりわけここ四、五千年での農業、産業革命以降の重工業の進展で、人が生態系を、とりわけ森林を伐採し、多くの種を滅びに追い込んできています。そこに人の罪があり、そのあがないと、これからすべての生きものとともにあろうとする願い、その希望を切り開くために、僕は、僕らはやり続けているのです。

人の罪と贖い

キリスト教は神を信じないことに罪があるとします。浄土真宗は、僕なりの言葉で言えば、欲の塊である人の存在そのものが罪であるとします。それはブッダの渇愛(=欲望)のコントロールと同じです。僕自身は、人の際限のない我欲による生態系の破壊、他の生きものの不必要な殺生が罪であると考えています。

食事も「いただきます」であり、残飯や排泄物も循環できずに処理されることに、消費の無駄(=人の罪)を感じています。

僕としては、世界中の心ある人と連帯し、それぞれの地域で、生きものの復活とともに生きることを求める活動が、人間の罪の自覚とその贖(アガナ)いの行為であり、また未来を切り開く希望であると考えています。

生きもの広っぱで感じるトモニアルコトノヨロコビ

生きもの広っぱでの鎮守の森づくりは、森時代の人、あるいは石器時代の人がしていたことと似ていると思います。荒れ地に潮風が吹き抜け、普段の街並みはほぼ変わることなくあり、普通の人は決められた日常を繰り返しているのに、僕らはこの荒れ地に立ち、毎日変化する気候、日差しや塩まじりの強風に晒されながら、企画はいつも土壌や風雨の抵抗に会い、変更・修正を余儀なくさせられます。それでも僕らは、歩みの一歩一歩が、偶発的に生じてくるさまざまな事件に翻弄されながらも、一つの道を作っているわけです。

植えていく樹木は、一旦根づくと、日を受け海風に翻弄されながらも、思い思いに大気中に枝を伸ばし、花を咲かせます。木や花には蝶や虫がたかり、実がなると鳥たちもやってきます。様々な育み、生成のラインが伸び、絡み合い、結び——文化人類学者のインゴルドならそれこそメッシュワークというでしょう——いろんなラインが交錯する、生きた世界が現前してきます。

会員の活動については、人それぞれの力に応じてやってもらえれば、華厳宗の明恵の言葉で言えば「あるべきよう」に、それで良いのです。自分が<生きもの広っぱ>でどれだけしたとか、そんなことはどうでもよく、木一本、草の一切れ、バッタ一匹、目の前で生息する生きもののことをまず先に配慮し、考え、分相応に無理をしないでやってもらえれば、それが何よりなのです。

それらは、動植物と僕らが一体となり、空と海と土地が交ざりあう世界で、その生成に立ち合い、みんながそれぞれのライン(活動の足跡)を作りながら、トータルとして生きものすべてがイノチにおいて等しく交わることで、僕ら自身が「生きる」を体感しているのです。

苗木の現況報告(2025年5月10日時点)

昨日、植栽の時に府からの苗木の育ち具合を確かめ、Wさんからの報告を踏まえると、完全に枯れた木はサツキとハナミズキで、イロハモミジは枯れかけです。これは粘土質と水にめっぽう弱いという特性上、梅雨を越えられないと思いますが、他の21種類、60本の木は、葉も広がり、元気です。

気になるヤマザクラとソメイヨシノは、土手側に植えているので、水はけはなんとか持ちこたえてくれるかと思います。

当面、植え替えは止めます。


この五月、草が燃え、次々と誕生するバッタ、キリギリス、カマキリなどの昆虫たち——バッタらの命が雑草を這い上がり、絡まり合うこの季節こそ、次々と誕生する生命のダイナミズムが溢れます。今は草を刈る代わりに、草の合間から何が出てくるか、みんなで生きものを見つめ、考え、しっかり育ててゆきましょう。