
生きもの広っぱ、その出発点
私たちは近代文明(=近代合理主義)のもとに、生態系がすさましく破壊された世界に生きています。毎年、何千種の生きものが絶滅しています。100億人にもなろうとする人間社会、気候変動とエネルギー資源(半世紀後)の枯渇で、人は目先のことしか考えませんが、十年先、二十年先は目も当てられない状況になることは必至です。
生きもの広っぱも、大阪湾の自然海岸を埋め立てた商工業用地、粘土質の荒地です。りんくうタウンは、工場、倉庫、イオンやロングパークなどの商業地でほぼ全体が埋まっています。泉佐野市の連絡橋の手前の公園も、いわゆる普通の公園です。
僕は、それを見据えて、大阪府に対し論陣を張り、りんくうタウンの最南端に、サンクチュアリとしての自然再生公園を要望し、確保したのです。
口酸っぱく言っているように、それはいろんな生きものがそれぞれのニッチ(棲み処、隠れ家、居場所)を作り、食うや食われるで生きるフィールドを作ることです。
鎮守の森を、まず植える
僕は、その中心に鎮守の森を置きました。当初は、紀伊半島などで古代から生えている木を考えた場合、それは鎮守の森であり、まさしく田畑の一部に刈り残された森林なのです。
鎮守の森を成す植生は、今回植えたスダジイ、アラカシ、タブノキらで、それらこそ粘土質の土地に適応し、かつその土壌を団粒状化する、唯一の樹木です。初めに、スダジイ、カシ類、タブノキありきなのです。
この土地は、埋め立てが始まってから二十年ほどで、パイオニア植物(真っ先に生える植物)としての雑草のおかげで、表層だけは団粒状になっており、私たちのこの一年の試行錯誤の繰り返しで、粘土質の荒地は掘り返さずに、そこに穴を掘り、腐葉土、枯れ草、籾殻などを加え、植栽するのがベストで、しかもそれしかないことが判明しました。
「鎮守の森から始めよ」ですから、もう待つことはないと、この五月、会長として、30本のスダジイ、アラカシ、タブノキを植えることにし、実行したのです。今、植えなければ、秋の植栽は実質は春の植栽だから、またまた一年延びるだけだと。
外見と内実――二種類の植栽
寄附金・補助金の獲得にことごとく失敗し、いたしかたなく大阪府の緑と農の苗木政策に飛びついたのですが、樹木は人に見映えのする普通の公園用の樹木でした。この種の樹木は、生きもの広っぱの外側の外見を良くする役割です。花壇も同じです。言ってみれば、人の目に映える市民サービスです。
サンクチュアリとしては、真っ先に着手するのは鎮守の森を成す樹木を植えることなのです。繰り返しますが、この生きもの広っぱは、当初、府・市を巻き込んだサンクチュアリとしてある、ということです。
サンクチュアリ(計画)は、人間中心主義で生態系を破壊してやまない近代文明に対するアンチ・テーゼ――文明への抗議と世界の建て直し――なのです。
近代文明は、ひたすら自然を計量し、掘り返し、支配することに夢中になり、人は今だけの利便さ・快適さの鞘(さや)の中にいます。しかしそれは永遠に続くものではなく、半世紀後にエネルギー資源がほぼなくなると、凄まじい気候変動と完膚なき生態系の破壊の後で、えらいめに会うことは間違いないでしょう。数億年かけてできたエネルギー資源をあて先を考えずに、人はたった数百年で大半を使い尽くすのです。
それは、生きとし生きるものに対する傲慢とはかりしれない罪です。
私たちは、人間が犯した罪を直視し、すべての生きものにその罪を詫び、ズタズタにされた自然の再生の作業に、わずかでも自らを捧げるとき、人はイノチの大きな円環の中で、すべての生きものとともに生きられ、自分を回復することができるのだと思います。
身近な風景が問いかけること
生きもの広っぱ近くにある男里公園のクスノキは、数十年を経て巨木になっていますが、その木の下の雑草はいつもトコトン刈りこまれ、虫たちの生きようがありません。
僕のマンション横の、建物に取り囲まれてしまった使わずの畑は、数十センチの雑草が生い茂り、いつも数十羽のスズメが遊んでいますが、所有者の方がトラクターのような草刈り車で土を固めながら草を丸坊主にしてしまいました。所有者としては管理責任も問われるし、痛し痒しのことなのでしょうが、なんかコンセンサスがないものかと考えてしまいます。
私たちは、あらゆる生きもの・生態系そのものに対して行ってきた残虐な行為、その罪深さから来る心の痛みの自覚から発して、今を生きる生き物たちが楽しい生を得るために、いま私たちは何ができるかを実践的に考え、話し合いながら、植栽・水やり・草刈りなどやっていければ、会長として、これにまさる喜びはありません。
荒地からの再出発
生きもの広っぱの粘土質の荒地は、会長を引き受けたとき、目の前の瓦礫混じりの荒地に、その杜撰なやり方に怒りを覚えました。しかし今となっては、資金がないこともありますが、これは近代文明のそもそもの結果だとし、私たちはそこから――瓦礫混じりの粘土質の荒地、加えて湾岸地帯の強烈な暴風雨といった気候条件――始めなければならないことに気づきました。
繰り返しますが、この荒地の改良には機械はご法度で、十年来の雑草の力で表層が団粒状化した荒地に、この五月に植えた鎮守の森の樹木、スダジイ、アラカシ、タブノキなどを植えることから始めるしかありません。スダジイ、カシ類、タブノキらこそが、粘土質の荒地や潮風にめっぽう強く、岩場でも大木になり、それらが岩をも割り、土壌を団粒状化してくれます。
私たちのミッションは、それらの樹木を植え、世話し、自力で延び上がれる時期まで、しっかり見守ることです。
6000坪の管理方針
6000坪の荒地の管理は年10万円ですから、草刈りは年数回が適当です。鎮守の森の樹木の育ちを見守りながら、外周の草刈りや、入口付近のフェンス際の花壇の整備を、できる範囲でしていければ、それはそれで十分です。
鎮守の森の植栽は、ひとまず高木は最低限の数を、一辺1mの三角形の頂点ごとに植えましたが、秋にはその三角形の真ん中にトベラ、シャリンバイ、サンゴジュ、ハマヒサカキ、トウヌズミモチなどを植えてゆく予定です。
罪を背負い、新しい世界へ
僕らは、単に木を植えよう、花を咲かせよう、草刈りしようというだけのグループではありません。
とりわけ産業革命以降の、無慈悲で獰猛なヒトの生き物への殺傷行為、その罪を自覚し、背負い、新たに生きものとともにあろうとすることで、生きものそれぞれのイノチが何にも代えがたいとする、新たな世界へと反転させることができると考えます。僕らはそのために集まっているとも言えます。
僕らは、生き物への贖罪として、サンクチュアリを創造し、それらの活動を通して、謂わば、イキモノ共同体の一員として自分を自覚する、そういうものでありたいと思います。
サンクチュアリの中心に、始原の自然としての「鎮守の森」を聖なる空間として位置づけることで、ヒトが忘れてきた自然に対する畏怖と、ヒトの浅はかさと限界性をあらためて感じ入ることができ、そうすることで、今とこれからのイノチが真っ当な生を得るための活動を編み出してゆくことができると考えます。
「聖なる空間」とは何か
僕が「聖なる空間」というのは、宗教や哲学以前の、ヒトが動植物と一体化している段階から、徐々に自己に目覚め、自然から分離していく微妙なプロセスで、かつてヒトが住まっていた森の中に現れてくるものです。それは、森の神秘にヒトが畏怖を感じるという様相です。自然から分離しつつ、まだ自然と一体化している世界といったら良いかと思います。
こうした、明らかに(意識を持つ)動物と区別される(自己意識を持った)ヒトが出現するのは、人類学が確定している年代として、およそ五万年前の出来事です。
人になったヒトは、自己に目覚めることで、そこから自然(石や木々、山や川など)は死なないのに、なぜ自分は死ぬのかという問いが立ち上がり、この世に対してあの世を考えるようになります。動物とは異なり、頑強な自我を持つようになった、仏教の謂うところの、ヒトの宿命(業)です。
宗教発生の源流
この自然の永遠性(生)と人間の有限性(死)のギャップが宗教発生の源で、それはまず神話という形で生じてきます。例えば、インドのヒンドゥー教の源であるバラモン教以前にはヴェーダ神話があります。
時の重なりの中で、神話が宗教へと進展し、現在ある、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の四大宗教が、その普遍性のゆえに深まり、世界中に広がりました。
いずれにせよ、僕がよく言う「聖なる空間」とは、ヒトが人となるプロセスで、五万年前から約三千年ほど前までのヒトの歴史に存在したものです。そこには特定の宗教性(イデオロギー性)は微塵もありません。
とりわけ近代以降の人間が自然を支配し、思うがままにできるという人間の浅はかさを排し、生きもの広っぱで生きものたちの声を聞き、ともに生き、自然の偉大と神秘を五感で体感しながら、植栽を基本としたサンクチュアリ作りに励めれば、幸いなるかな、です。
