トモニアルコトノヨロコビ ― 荒れ地に森を編む

すべての生きもののための場所づくり

生きもの広っぱは、すべての生き物が繁茂するような森作りであって、人間が鑑賞し木や花と単に「触れあう」といった、旧来の見映えだけの良い、人間中心の公園ではありません。

今、恐れているのは、春になって昨年より足元を這う昆虫やニホントカゲ、ニホンカナヘビがめっきり少なくなっているのではないかということです。粘土質の土壌を変えていくには、草を刈り、土壌を耕すことが必須です。しかし昆虫、そして草むらに巣作りをするヒバリたちの生息を妨げないように、注意と配慮を怠ってはいけません。

そのために、今後の草刈りは、植栽作りのための土壌改良をする箇所に限定し、穴掘りにより力を入れてください。

花壇と鎮守の森の役割分担

花壇の整備は女性中心で、鎮守の森作りは穴掘りが必須ですから、男性主導でお願いします。ABC委員会の花も、見映えの良い観賞用の花ばかりなので、それなりに考えて植えていかなければなりません。

改めて会員の方々の、生き物のための注意、ご配慮をよろしくお願いいたします。

生きもの広っぱの風景

生きもの広っぱでの鎮守の森つくりは、森時代の人、あるいは石器時代の人がしていたことと似ていると思います。荒れ地に潮風が吹き抜け、あちこちのものは地上から舞い上がる。普段の街並みはほぼ変わることなくあり、普通の人は決められた日常を繰り返しているのに、僕らはこの荒れ地に立ち、毎日変化する気候、日差しや塩まじりの強風に晒されながら、企画はいつも土壌や風雨の抵抗に会い、変更、修正を余儀なくさせられます。それでも僕らは、歩みの一歩一歩が、偶発的に生じてくるさまざまな事件に翻弄されながらも、一つの道を作っているわけです。

植えていく樹木は、一旦根づくと、日を受け海風に翻弄されながらも、思い思いに大気中に枝を伸ばし、花を咲かせます。木や花は蝶や虫がたかり、実がなると鳥たちもやってきます。様々なはぐくみ、生成のラインが伸び、絡み合い、結び、ゆくゆくは僕らがめざす鎮守の森を一つの中心に――もう一つは浅池が楕円のもう一つの中心となるでしょうが――文化人類学者のインゴルドならそれこそメッシュワークというでしょう、いろんなラインが交錯する、生きた世界が現前してきます。

地中から空まで ― いのちの層

生きもの広っぱは、地中には菌根菌、センチュウやミミズ、落ち葉を砕くトビムシなどがいて、地上には雑草のたぐいから、昨年植えたエノキ、二月下旬に植栽した中低木に、これから植栽してゆく鎮守の森の主だった木――スダジイ、タブノキ、カシノキなどの高木が交じっていきます。

地上の動物で言えば、地面を這いまわるニホントカゲ、ニホンカナヘビ、飛び回るバッタ、コオロギ、キリギリス。鳥と言えば、草むらに産卵するヒバリ、日常風景のスズメや飛び始めたツバメ、生きもの広っぱをねぐらにしているムクドリ、時にヒヨドリ、浅池にやって来るアオサギ、コサギなどが、それぞれにテリトリー(ニッチ)を作り、生きています。

ドン・キホーテたちの森づくり

大阪府が見捨て、市はどうしていいかわからない湾岸の埋め立て地に、僕らは、さしずめドン・キホーテのように、鎮守の森をメインに自然再生をめざしています。

そんな僕らは、いったい何でしょうか。生き物たちは、それぞれがその特性に応じて、草木は日の光を浴びて伸びあがり、地中、地上の動物たちはそれぞれに動き回り、這いまわりながら一人前になっていきます。僕らといえば、それぞれの特性、資質、技術に応じて森づくりに打ち込み、それぞれの動き、足跡を生きもの広っぱに残しながら一つの世界を編み続けることで、そこに何物にも代えがたい、他の生きものと生き、また同じ願いをもつ相棒らと活動するという、トモニアルコトノヨロコビを感じる、それが何よりのギフト(贈り物)だと思います。

それらは、動植物と僕らが一体となり、空と海と土地が交ざりあう世界で、その生成に立ち合い、みんながそれぞれのライン(活動の足跡)を作りながら、トータルとして生きものすべてがイノチにおいて等しく交わることで、僕ら自身が「生きる」を体感しているのです。

鎮守の森の主役たち ― スダジイ・カシ・タブノキ

苗木の購入と植栽

タブノキ、スダジイ、ウメバガシ(和歌山県で生産される炭の原木)の苗木を植えるには五月までなので、ともかくそれぞれ三本ずつ、三種九本を購入しました。エノキ同様、個人支出です。アマゾンで探したら、1mのスダジイが一万円もするので、今回は他で購入しました。三年目となり、ようやく鎮守の森作りの第一歩です。

辻井さんからは山に取りに行けばいいと言われ、林野組合の堀口顧問(元議員)からは西川組合長に案内してもらって取りに行けばよいとも話してもらっています。西川組合長は僕の同級生で元消防長で、いつでも気楽に話せる友人です。しかし西尾さんからは、掘り返して根を巻く作業が大変だとも言われているので、とりあえず苗木を購入しました。数日で届くと思います。

照葉樹林の三本柱

この三種は、かつて日本の海岸沿いや平地に繁茂していた「照葉樹林」で、いわば粘土質の土壌の主です。

ブナ科のスダジイは土壌を選ばない適応力があり、乾燥にも湿気にも強く、痩せた土地や粘土質の土でも大木に育ちます。根が非常に強く、硬い土壌も抱え込みながら巨木になります。秋になるとドングリを落とし、それが小動物や虫を呼び寄せ、その活動が粘土質の土をさらに豊かに変えていきます。

アラカシ・シラカシなどのカシの木の根は「粘土を砕く力」が非常に強く、硬い層に食い込み、空気の通り道を作ることで、土壌の酸素不足を防いでくれもします。

クスノキ科のタブノキは水分の調整役でもあり、湿り気の多い重い土を好み、土中の過剰な水分を吸い上げて蒸散させる「天然のポンプ」として機能します。

このようにして、スダジイ・カシ・タブは、それぞれの特性を発揮して、鎮守の森を形成し、その主役となるのです。それらが繁り始めると、葉が土地に落ち、自然と雑草は生えなくなります。だから雑草地は雑草地としてとっておかなくては、ヒバリたちが困るのです。

エネルギー資源の枯渇と私たちの選択

プーチンのウクライナ侵略での物価高騰に続いて、トランプのイラン攻撃から一気に石油価格が急騰し、大半の企業が困り、物価も急騰が続き、国民生活が脅かされています。

しかし考えてみれば、エネルギー資源の石油、天然ガス、そしてウランは、新たな発見があるにせよ、半世紀もすれば枯渇します。後二十年もすれば資源エネルギーは取り合いになり、石油で車を走らすことも一般家庭では難しくなり、半世紀が過ぎれば大型タンカー、旅客機は動かなくなるでしょう。

輸出立国の日本は、輸出を最優先することで食糧自給率を大幅に下げ、食糧、化学肥料、果ては種までもその大半を輸入に頼っています。もはや国民生活が大きく破綻することは間違いありません。

ヨーロッパは1760年代以降の産業革命から、日本は明治維新の富国強兵から、工業振興に邁進してきました。後半世紀でほぼ三百年が経過しますが、この三百年で二億年もかけてできたエネルギー資源をほぼ枯渇させ、放射性廃棄物は今後十万年は放射能を出し続けます。

僕はホモ・サピエンスは、核戦争が勃発しなくとも、エネルギー資源の消費と大規模な森林消失などの生態系破壊、そうしたことによる気候変動、温暖化、そして大量の種の絶滅などで、後百年も持つかなと恐怖しています。

そんなことを真剣に考え、憂慮すれば、しなければならないことは目に見えています。しっかり森作りを進めてゆきましょう。

しかし人は浅はかなもので、自分の生活の快適さと便利さ、一言で言うと、これからの世界がどうなろうと個人の幸福の追求に必死で、自分には今の生活だけが大切だという人たちが大半なのです。

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