私たちが考えていること

ここに、生きもの広っぱの活動のバックグラウンドを要点整理し、示しておきます。

  1. 人新世の時代の危機(生態系の破壊と、万物の種の絶滅)の受容
  2. 生きもののニッチ(サンクチュアリ)としての鎮守の森作り
  3. 生きものの哲学
  4. 人間の責任倫理[自然の破壊者から再生者へ]
  5. 日常生活の規律(資源エネルギーの抑制など)

以上は「生きものの哲学」を具体的な「生きもの広っぱの実践綱領」としてまとめたものです。

それは、人新世という地球規模の危機に対し、考えの根本から日々の暮らしの規律にいたるまでを一本の線で結んだ「生き方の変革の宣言」と考えます。

以下、それぞれの項目が持つ思想的・実践的な意義を整理します。

「生きもの広っぱの実践綱領」について

(1)人新世の時代の危機を知る ― 生態系の破壊と、万物の種の絶滅

すべては、この冷厳な現実の直視から始まります。人間中心主義がもたらした気候変動や生物多様性の喪失を「自分たちの存続の危機」としてではなく、人が「万物の命に対する決定的な加害」として理解することです。この圧倒的な危機感が、すべての実践の切実な駆動軸となります。

(2)生きもののニッチ(サンクチュアリ)としての鎮守の森作りを第一とする

(1)の危機に対する、具体的な応答の現場です。潜在自然植生(スダジイ、カシ、タブノキなど)を軸とした「鎮守の森」は、人間のエゴから脱した、動植物たちのための「聖域(サンクチュアリ)」です。さまざまな生態学的な知見をものにし、生きものの生息の場(ニッチ)を泥にまみれて作ってゆく行為こそが、生きもの広っぱでは、何よりも大切です。

(3)生きものの哲学を一緒に考え、作り、学ぶ

生きもの広っぱでの活動を支える中核となる世界の見方、捉え方です。

世界を統べる唯一の実体としての神仏の、人間(の救済)だけを願う旧来の考えを乗り越え、この世では「動植物がそれぞれにリアリティを持った生きもの、『イノチにおいてヒトと同じい』」ということ、そしてヒトが破壊した自然生態系は「ヒトしか修復できない」ことを、日々の実践の中で学んでゆきます。

(4)人間の責任倫理を果たす

人間は放っておけば生態系を破壊しつくす「煩悩(貪り・怒り・愚かさなど)の存在」であることを厳粛に自覚し、他人に任せず、自らの主体的な「責任倫理」で自然の再生に精進することが問われています。

(5)日常生活を正す

森づくりの現場(非日常)にとどまらず、自らの「食らって糞をする」日常の生そのものに「責任倫理」を厳格に突きつけるものです。事例としての資源エネルギーの抑制は、現代社会のシステムに加担する自らの「貪欲さ」への日常的なブレーキであり、(3)の哲学と(4)の倫理を日々に体現する「具体的な行(ギョウ)」に他なりません。

五項目の円環構造

この5項目は【認識(1) → 現場(2) → 思想(3) → 倫理(4) → 規律(5)】という円環をなしています。

以上が、会員がただ木を植える作業者ではなく「生きものの哲学」の体現者として歩み出すための、一つの方針です。

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