トモニアルコトノヨロコビ ― 荒れ地に森を編む

すべての生きもののための場所づくり

生きもの広っぱは、すべての生き物が繁茂するような森作りであって、人間が鑑賞し木や花と単に「触れあう」といった、旧来の見映えだけの良い、人間中心の公園ではありません。

今、恐れているのは、春になって昨年より足元を這う昆虫やニホントカゲ、ニホンカナヘビがめっきり少なくなっているのではないかということです。粘土質の土壌を変えていくには、草を刈り、土壌を耕すことが必須です。しかし昆虫、そして草むらに巣作りをするヒバリたちの生息を妨げないように、注意と配慮を怠ってはいけません。

そのために、今後の草刈りは、植栽作りのための土壌改良をする箇所に限定し、穴掘りにより力を入れてください。

花壇と鎮守の森の役割分担

花壇の整備は女性中心で、鎮守の森作りは穴掘りが必須ですから、男性主導でお願いします。ABC委員会の花も、見映えの良い観賞用の花ばかりなので、それなりに考えて植えていかなければなりません。

改めて会員の方々の、生き物のための注意、ご配慮をよろしくお願いいたします。

生きもの広っぱの風景

生きもの広っぱでの鎮守の森つくりは、森時代の人、あるいは石器時代の人がしていたことと似ていると思います。荒れ地に潮風が吹き抜け、あちこちのものは地上から舞い上がる。普段の街並みはほぼ変わることなくあり、普通の人は決められた日常を繰り返しているのに、僕らはこの荒れ地に立ち、毎日変化する気候、日差しや塩まじりの強風に晒されながら、企画はいつも土壌や風雨の抵抗に会い、変更、修正を余儀なくさせられます。それでも僕らは、歩みの一歩一歩が、偶発的に生じてくるさまざまな事件に翻弄されながらも、一つの道を作っているわけです。

植えていく樹木は、一旦根づくと、日を受け海風に翻弄されながらも、思い思いに大気中に枝を伸ばし、花を咲かせます。木や花は蝶や虫がたかり、実がなると鳥たちもやってきます。様々なはぐくみ、生成のラインが伸び、絡み合い、結び、ゆくゆくは僕らがめざす鎮守の森を一つの中心に――もう一つは浅池が楕円のもう一つの中心となるでしょうが――文化人類学者のインゴルドならそれこそメッシュワークというでしょう、いろんなラインが交錯する、生きた世界が現前してきます。

地中から空まで ― いのちの層

生きもの広っぱは、地中には菌根菌、センチュウやミミズ、落ち葉を砕くトビムシなどがいて、地上には雑草のたぐいから、昨年植えたエノキ、二月下旬に植栽した中低木に、これから植栽してゆく鎮守の森の主だった木――スダジイ、タブノキ、カシノキなどの高木が交じっていきます。

地上の動物で言えば、地面を這いまわるニホントカゲ、ニホンカナヘビ、飛び回るバッタ、コオロギ、キリギリス。鳥と言えば、草むらに産卵するヒバリ、日常風景のスズメや飛び始めたツバメ、生きもの広っぱをねぐらにしているムクドリ、時にヒヨドリ、浅池にやって来るアオサギ、コサギなどが、それぞれにテリトリー(ニッチ)を作り、生きています。

ドン・キホーテたちの森づくり

大阪府が見捨て、市はどうしていいかわからない湾岸の埋め立て地に、僕らは、さしずめドン・キホーテのように、鎮守の森をメインに自然再生をめざしています。

そんな僕らは、いったい何でしょうか。生き物たちは、それぞれがその特性に応じて、草木は日の光を浴びて伸びあがり、地中、地上の動物たちはそれぞれに動き回り、這いまわりながら一人前になっていきます。僕らといえば、それぞれの特性、資質、技術に応じて森づくりに打ち込み、それぞれの動き、足跡を生きもの広っぱに残しながら一つの世界を編み続けることで、そこに何物にも代えがたい、他の生きものと生き、また同じ願いをもつ相棒らと活動するという、トモニアルコトノヨロコビを感じる、それが何よりのギフト(贈り物)だと思います。

それらは、動植物と僕らが一体となり、空と海と土地が交ざりあう世界で、その生成に立ち合い、みんながそれぞれのライン(活動の足跡)を作りながら、トータルとして生きものすべてがイノチにおいて等しく交わることで、僕ら自身が「生きる」を体感しているのです。

鎮守の森の主役たち ― スダジイ・カシ・タブノキ

苗木の購入と植栽

タブノキ、スダジイ、ウメバガシ(和歌山県で生産される炭の原木)の苗木を植えるには五月までなので、ともかくそれぞれ三本ずつ、三種九本を購入しました。エノキ同様、個人支出です。アマゾンで探したら、1mのスダジイが一万円もするので、今回は他で購入しました。三年目となり、ようやく鎮守の森作りの第一歩です。

辻井さんからは山に取りに行けばいいと言われ、林野組合の堀口顧問(元議員)からは西川組合長に案内してもらって取りに行けばよいとも話してもらっています。西川組合長は僕の同級生で元消防長で、いつでも気楽に話せる友人です。しかし西尾さんからは、掘り返して根を巻く作業が大変だとも言われているので、とりあえず苗木を購入しました。数日で届くと思います。

照葉樹林の三本柱

この三種は、かつて日本の海岸沿いや平地に繁茂していた「照葉樹林」で、いわば粘土質の土壌の主です。

ブナ科のスダジイは土壌を選ばない適応力があり、乾燥にも湿気にも強く、痩せた土地や粘土質の土でも大木に育ちます。根が非常に強く、硬い土壌も抱え込みながら巨木になります。秋になるとドングリを落とし、それが小動物や虫を呼び寄せ、その活動が粘土質の土をさらに豊かに変えていきます。

アラカシ・シラカシなどのカシの木の根は「粘土を砕く力」が非常に強く、硬い層に食い込み、空気の通り道を作ることで、土壌の酸素不足を防いでくれもします。

クスノキ科のタブノキは水分の調整役でもあり、湿り気の多い重い土を好み、土中の過剰な水分を吸い上げて蒸散させる「天然のポンプ」として機能します。

このようにして、スダジイ・カシ・タブは、それぞれの特性を発揮して、鎮守の森を形成し、その主役となるのです。それらが繁り始めると、葉が土地に落ち、自然と雑草は生えなくなります。だから雑草地は雑草地としてとっておかなくては、ヒバリたちが困るのです。

エネルギー資源の枯渇と私たちの選択

プーチンのウクライナ侵略での物価高騰に続いて、トランプのイラン攻撃から一気に石油価格が急騰し、大半の企業が困り、物価も急騰が続き、国民生活が脅かされています。

しかし考えてみれば、エネルギー資源の石油、天然ガス、そしてウランは、新たな発見があるにせよ、半世紀もすれば枯渇します。後二十年もすれば資源エネルギーは取り合いになり、石油で車を走らすことも一般家庭では難しくなり、半世紀が過ぎれば大型タンカー、旅客機は動かなくなるでしょう。

輸出立国の日本は、輸出を最優先することで食糧自給率を大幅に下げ、食糧、化学肥料、果ては種までもその大半を輸入に頼っています。もはや国民生活が大きく破綻することは間違いありません。

ヨーロッパは1760年代以降の産業革命から、日本は明治維新の富国強兵から、工業振興に邁進してきました。後半世紀でほぼ三百年が経過しますが、この三百年で二億年もかけてできたエネルギー資源をほぼ枯渇させ、放射性廃棄物は今後十万年は放射能を出し続けます。

僕はホモ・サピエンスは、核戦争が勃発しなくとも、エネルギー資源の消費と大規模な森林消失などの生態系破壊、そうしたことによる気候変動、温暖化、そして大量の種の絶滅などで、後百年も持つかなと恐怖しています。

そんなことを真剣に考え、憂慮すれば、しなければならないことは目に見えています。しっかり森作りを進めてゆきましょう。

しかし人は浅はかなもので、自分の生活の快適さと便利さ、一言で言うと、これからの世界がどうなろうと個人の幸福の追求に必死で、自分には今の生活だけが大切だという人たちが大半なのです。

生きもの広っぱとは何か ― サンクチュアリから自然再生公園へ、そして事事無礙の世界

1. 生きもの広っぱがめざすもの

サンクチュアリ本来の意味

あらためて、生きもの広っぱがどんなものをめざしているかについて書きます。

僕が議会でサンクチュアリとしての野鳥園という名で提案した、現在の「生きもの広っぱ」は、何度も書きますが、府の承認をえて、市の都市計画には、そのままサンクチュアリとして記載されています。

サンクチュアリー(Sanctuary)の日本語訳は「聖域」ですが、自然保護の文脈では「鳥獣保護区」や「生息環境保護区」です。

サンクチュアリの本来の意味の聖域については、神聖な場所への「立ち入りを制限する」という意味があります。人間と生きものとの関係で言えば、サンクチュアリは、生き物が逃げ込み、かつ守られる隠れ家で、ここでは人間が生き物に場所を明け渡す土地、空間になります。

かつて古代人が森を「聖なるもの」として畏怖し、崇めた場所です。

日本のビオトープとドイツのビオトープ

昨日、古川事務所では元会長の養父さんの話もでました。当時、僕も「湾岸ビオトープ」などと呼んでもいましたが、僕はもともと英語よりドイツ語が専門だったので、ドイツの文献に触れるにつれて、日本のビオトープとドイツのとは雲泥の差があり、僕の考案したサンクチュアリは、日本型ビオトープではなく、発祥地であるドイツのビオトープに近しいとわかりました。

ドイツは「自然の保護と再生という法的義務」があるのに、日本でのビオトープは、人間とりわけ子どもたちの環境教育として、「自然に親しむ」ということが目的だから、箱庭的な小規模な空間で、実際、関係者はそのようにイメージでビオトープ作りをしています。個々の生物は、こうしたビオトープでは、単なる観察の対象にしかすぎません。

世界の資本主義国は、とりわけ1960年代に急速な工業化による環境破壊で行き詰まりました。ドイツの、1976年の連邦自然保護法は、生物の生息空間(ビオトープ)を都市計画や土地利用において義務的に守り再生するという考え方です。

ドイツのビオトープは「生き物の立場」で人間社会の構造を強制的に変えるもので、僕が言い続けているように、それはまさしく人間と自然の対立、人間の自然支配、人間中心主義、そうしたものの克服です。

生息地ネットワークの一部として

この生きもの広っぱは、地球上の生命が共有するネットワークの一部としてもあり、地域的に言えば、生きもの広っぱは、大阪湾、男里川、天神の森、男神社の鎮守の森、あるいは点在する溜池といった生息地ネットワークの一部です。

だから、僕が会長になってから、曖昧な日本語のビオトープという言葉は、使わないことにしたのです。

僕は、議会での立論は、りんくうタウンという、海を埋め立てて作った商工業用地には、せめてその南端にサンクチュアリ(自然再生公園)をという主張でした。

この論点から始まって、今後、生きもの広っぱは、一定のタイミングで、自然再生公園と法制化されるのです。

「自然再生公園」とは何か

国指定の都市公園における「自然再生」を目的とした公園とは、長年の都市化によって失われた生物の生息環境を復元し、都市の中に自然の生態系を取り戻すために整備される公園のことを言います。

制度上の明確な「自然再生公園」という固有の種別があるわけではありませんが、主に国営公園の事業として、以下の定義や特徴に基づいて整備、管理されています。

都市公園の主な定義と目的は、都市公園法に基づいて、国土交通省が整備する国営公園の中で、「失われた自然環境の再生」を主眼に置いたプロジェクトとして定義されます。

(1) 生態系の復元

その土地本来の植生(潜在自然植生)を回復させ、鳥や昆虫などが生息できる環境を整える。

(2) 学びと体験の場の提供

自然を単に保護するだけでなく、市民が自然のプロセスを学び、体験する場を提供する。「多様な主体の参画を」ということで、行政だけでなく、NPO、専門家、市民が協力して維持管理やモニタリングを行う。

(3) 普通の「緑地」との違い

普通の都市公園が「レクリエーション(運動や遊具)」を主目的とするのに対し、自然再生を目的とした公園は「プロセス」(発芽、成長、枯れ死など)を重視します。

森に終わりはなく、植樹し、森が育ち、生き物が戻ってくるプロセス(process)そのものが自然公園の価値です。だから管理の最小化を頭に入れ、剪定や除草は、自然の遷移(センイ/うつりかわり)を優先します。

言い換えれば、いつも話しているように、人が自然を破壊してきたのだから、百年、千年ならともかく、十年単位での自然の再生は、始まりを人の手でやるしかありません。しかし森の植物があるところまで大きくなると、人は手を出さないで、木の枝の伸びる、葉の広がる、花の開く、根を生やすは、自然のまま(遷移)に任すということです。

こうして、国指定の自然再生を目的とした公園は、都市における「生物多様性の拠点」としての役割をになっているのです。


2. 苗木植えと「事事無礙」の世界

粘土質の土壌に咲いた花

今回の苗木植えは、鎮守の森作りとは外れてはいるものの、この粘土質の土壌で、よく花が咲いてくれたなと、みんなの苦労に感じ入っています。

花が咲くということは、みんなの穴掘り、肥料やり、水やりなどの労力がそこに結集し、根は水と栄養を吸い上げ、葉は海風にあおられながらも、日の光を浴びて光合成し、この地に命を受けたということです。蝶や虫が集まって蜜を吸い、花は受粉します。

このように、草木が助け人の手を超えて、生命が一斉に溢れす、こういう流れを華厳教では、事事無礙(じじむげ)と言います。つまりこの世界の事の一つひとつが、互いに溶け合っている、調和しているということです。

仲間の宗派と日本仏教

三日前、河南町に行ったとき、辻井さんは真言宗の檀家だとわかり、大東さんは浄土宗と浄土真宗、渡邊さんは浄土真宗で、小林さんは天台宗、辻野さんは浄土宗です。僕の先祖は曹洞宗なので、だいたい日本の仏教が、勢揃いしているようで、壮観です。

先述した華厳宗は古いが少なく、奈良の大仏で知られているくらいでしょう。

哲学と仏教の橋渡し

僕はヨーロッパ哲学が専門ですが、それでは専門外の人にはなかなか通じません。日本文化の古層には、アニミズムの土壌に神仏が組み立てられていると思うので、現在進行形の生態系の破壊や種の雑滅を乗り越えるための考え方の根本的な転回(存在論的転回)を図るには、仏教の言葉と考え方を取り込むことも大事かなと、僕は考えています。

逆に以下のこともあります。

ギリシャ、キリスト教、科学精神といったもののこのどれ一つをとってみても、なみの日本人としての生活感情を生のままで、それをもったままで近づいて行って、ごく自然にこの三つのものの、どれ一つとして自然にわれわれのなかへ入って来てくれるというものではない、と思われるのである。

― 堀田善衛全集(1976年版 第13巻 p.3)

欧米の哲学や宗教をやってきたものにとっても、同じような困難さを感じます。

親鸞の「自然法爾」と現代の生態系再生、そして鎮守の森

1. 自然法爾(じねんほうに)の現代的解釈

親鸞の**「自然法爾(じねんほうに)」**について、今一度言及します。

それは、人間の「計らい」を捨てることですが、僕がそれを現代的に解釈すれば、第一に、近代の人間の、自然を思うがままにコントロールできる(資源の無制限の収奪とか)といった無知と傲慢をひっくり返すことです。

僕らが、今、推し進めている生態系の再生は、人間はあらゆる生きもの、そして無機物との関係性のなかで、その一員として生き物ネットワークのなかで生きているということです。仏教用語で言えば**「縁起」**です。

*縁起とは

すべての現象は「原因(因)」と「条件(縁)」が相互に関係しあって生じるという、独立自存しない(相互依存、無自性)な存在の様相を説明する用語です。

現代の人類学の用語を使えば、イギリスの文化人類学者、ティム・インゴルドの、**「人は大きな生命の網の目(メッシュワーク)の一部に過ぎない」**ということになります。


2. 人間中心主義の打破と「レンマ」の視点

ヨーロッパ哲学史で言うと、ルネッサンスからデカルト[我思う、ゆえに我あり]に至る、人間の偉大、人間中心主義の打破です。人間中心主義は、主観(主体)と客観(客体)、精神と身体、人間と自然の分裂と、前者による後者の支配と同義です。

これらの機能は、一言でいうと、**「理性(reason)」**に集約されます。主観と客観が明示的に分裂したように、近代理性は、世界の物事をまずは分断し分析します。もちろんそれらの分析結果は総合され、そこからまた推論を持って演繹されるわけですが、大元は分析であって、俗にいう直観で全体を捉えるという方法ではありません。

後者のやり方は、理性=ロゴスに対して、**「レンマ」**と言います。物事を一気に直覚的、包括的に捉える方法です。


3. 「あるがまま」と「義なきを義とす」

あらためて自然法爾ですが、**「自然(じねん)」とは、文字通り「自(おの)ずから、然(しか)る」ことです。次に「法爾(ほうに)」**とは、「法(真理)がそのままに顕現していること」、または人の計らいを離れた「あるがままの状態」を言います。

もちろん親鸞にあっては、法爾は阿弥陀仏の願い(本願)そのものであり、如来のはたらきによって浄土へ導かれる道理なのですが、それは徹底して人間の計らいを排除するということです。

さらに親鸞は、正義なども人間が考えたこととして、**「義なきを義とす」**とも言います。

現代の文脈で言えば、今なお人間は、快適さ、便利さ、そして個人の幸福追求のために、自然の資源を後先を考えずに掘り尽くそうとし、それがあたかも(人間の)正義であるかのように、世の中は受けとめ動いていますが、それが親鸞の言う<義>です。

[昔、日本共産党が、我こそが<唯一正義の味方>と宣伝していたことがあります。]


4. 世界の一員としての判断と実践

もちろん、ここに生じやすい大きな誤解は、「では人間は何も考えず、行為せずに生きれば良いのか」という反問です。

そうではなく、人はこの世に生きる限り、その時々に、状況に応じて判断を問われざるをえないので、全体を捉え、考え、こうだと思う意思決定をし、間髪入れずに、それは世界の一員としての判断だと相対化し、へりくだるということです。

僕らの森作りで言えば、森の再生活動において、僕らは粘土質の土壌に堆肥や籾殻を混ぜ合わせ、今の苗木には、暴風、防虫、降雨対策などを丁寧にしなければなりませんが、それは法爾に従った作業であり、僕らは森が自ら生成するのを手助けしているということです。

法爾とか、仏教では「法」という語が頻繁にでてきますが、僕らとしては、仏教の言う法は、道理、自然の摂理と解しておけば良いと思います。

木々など植物はしっかり大地に定着すれば、菌根菌などの(核を持つ)菌類や(核を持たない)バクテリアなどと共生しながら、それぞれに水分養分を吸収し、日の光を浴びながら葉を広げ、花を咲かし、実となり、繁茂してゆくわけです。

それが親鸞の言う「自然法爾」であり、ヨーロッパ哲学史で言えば、スピノザの「自然即神」です。

ただしかし、親鸞の「自然」は「救済」としての「法(ダルマ)」ですが、スピノザの自然は、人間の主観を離れた、自ずと生産する宇宙の自律的プロセスであり、その意味で、親鸞が情的であるのに対し、スピノザは知的であると言えます。で、スピノザの知的な峻厳さに呼応するのは、親鸞の「信」よりも道元の「現成」に近いと言えるでしょう。


5. 【現場報告】森作りと土壌改良の現状

大東さん、お疲れさまです。

  • アナカリスの状況: 池に住んでもらってからもう半年、どれくらい繁殖していますか?
  • えのきの成長: やはりえのきは、元々たくましいのと、昨年の、毎日のように水、堆肥の世話をしてくれたおかげです。
  • 今後の植栽計画: 盛り上がった小山は、水が溜まる心配はあまりないし、今年は、**スダジイ(シイノキ)、タブノキ、シラカシ(アカガシ)**を植えることを基本として考えておいて下さい。

推奨する3つの樹種とその特性

樹種特性
スダジイ潮風や強風に強く、成長が早い。
タブノキ潮風や強風に非常に強い。
シラカシ寒さや乾燥に強く、潮風にも耐性がある。

この3種類を、宮脇さんが言うように、競合的に密集して植えるのが、鎮守の森作りに最良かと思います。費用は何とかします。よろしくお願いいたします。


駐車場横の土壌改良について

堤沿いの植栽で余った苗木を駐車場横の土地に急遽植栽したので、粘土質の土壌の改良が出来ないままでした。

渡邊さんが堆肥や防虫剤のやり方を説明してくれて以降、みんなの水やり、西尾さんの溝掘り、渡邊さんの毎日の観察による、状況に応じた肥料、防虫などの施しとか、みんなの努力でなんとかしのいでいますが、もっと土壌改良をなんとかしなければ、苗木はアップアップのままでしょう。

いわゆる土壌を団粒構造にすることが大事です。

去年から南副会長や西尾さんらが腐葉土やバーク堆肥、籾殻などを断続的に入れ、南副会長は耕作もしてくれましたが、駐車場横はほとんど手つかずだったので、今後はバーミキュライトやパーライトをかき混ぜ、土壌のスポンジ状の構造を増やし、通気性・排水性を改善するしか方法はないように思えます。

よろしくお願いいたします。


6. 日本人の自然観への問い

日本人は、近隣を見渡しても、アスファルトとコンクリートで作られた都市生活に慣れきっているにせよ、生態系、つまり生き物が生きるベースを織りなしている植物への親和性が乏しいばかりでなく、街路樹にしても、庭や街路の樹木の枯葉の掃除は大変であるにせよ、葉が散るから嫌だという住民が多く、隣同士の諍い(いさかい)もたえません。

僕が議員と区長(あるいは顧問)を兼任している時に、サンクチュアリとしての野鳥園を議会に提案し大阪府と議論を繰り返し、獲得しましたが、当時から区の役員の関心は低いものでした。

これは一体どういうことでしょう。どう思いますか。

もちろん、砂漠や草原が大半の国と違い、日本はたくさんの山々が縦走する国で、都市部を離れれば直ぐに山がそびえ、木々にこと欠きません。

南方熊楠は、神社仏閣の整理統合に際し、鎮守の森の伐採に徹底的に反対しましたが、明治以降の工業化、都市化による森林の伐採は、人の生活の利便性、快適性から、激しい反対もさほどないまま開発が行われてきました。ヨーロッパで一定の影響力を持つ緑の党も、日本では流行りません。

日本には、鎮守の森を残してきたとか、「草木国土悉皆成仏」とか、「自然法爾」とか言った言葉が残されている割には、このざまです。

今も、僕が日本仏教、とりわけ空海、親鸞、道元を読み続けているのは、日本人の自然観を読み取ろうとする動機もあります。


【解説】南方熊楠の神社合祀反対運動

明治末期、政府の神社合祀政策により地域の鎮守の森と伝承が破壊される危機に対し、南方熊楠は「自然保護」と「民俗学」の観点から激しい反対運動を展開しました。新聞投稿や『南方二書』などで森林伐採の弊害を訴え、1910年には抗議活動で拘留されるなど、早期エコロジー思想の先駆者として和歌山県の合祀強制を終結させました。

運動のポイント

  • 背景: 明治政府が日露戦争後、国家管理のために村々の小さな神社を大きな神社へ強制的に合併させた(神社合祀)。
  • 熊楠の目的: 熊楠の主たる研究対象である粘菌や変形菌が生息する「鎮守の森」が伐採され、地域の貴重な生態系や伝承が失われることを阻止すること。
  • 主な反対活動:
    • 『牟婁新報』への投書による批判。
    • 地元代議士(中村啓次郎)を通じた帝国議会への請願。
    • 民俗学者・柳田國男に宛てた長文の書簡(のちに『南方二書』として配布)。
    • 1910年、合祀推進者への抗議で信玄袋を投げ込み、家宅侵入罪で17日間拘留。
  • 成果: 熊楠の運動は地方の有識者を巻き込み、和歌山県は明治44年(1911年)に合祀の強制を事実上停止、成果をあげました。

この運動により、社寺林(鎮守の森)の環境破壊が食い止められた事例も多く、現代ではエコロジー運動の先駆けとして高く評価されています。

生きもの広っぱの会


🌱 いきものひろっぱの会って、なにをしているの?

むずかしいことばを使わずに、小学生のみんなにわかるようにせつめいします!


✅ ひとことでいうと?

「人間がこわしてしまった自然を、もとにもどそう!」という活動のグループです。


🐦 むかしのこの場所はどんなところだったの?

大阪にある「りんくうタウン」という場所のはしっこに、「いきものひろっぱ」という土地があります。

むかし、この近くには…

  • 夕方になると、ツバメやコウモリが空をうめつくすほど飛び回っていました 🦇
  • バッタ・トカゲ・トノサマガエルなどがたくさんいました 🐸
  • サギという鳥が何百ものすを作っていました 🐦
  • キジやタヌキも住んでいました 🦝

ところが、川のていぼう工事や、大きな工場ができたことで、生き物のほとんどがいなくなってしまいました。


😢 なぜ、生き物がへってしまったの?

人間が「もっとべんりに、もっとかいてきに」と考えて、どんどん工場を作ったり、道路をひろげたりしてきました。

そのせいで、生き物がすめる森や川や草原がどんどんなくなってしまいました。

いま、世界では 42,459しゅるいもの生き物 が「このままではぜつめつしてしまう」というきけんな状態にあります。

日本だけでも 3,772しゅるい もいます。たとえば…

  • 🐱 イリオモテヤマネコ
  • 🕊️ コウノトリ
  • 🦋 チョウやトンボなどの虫たち

🌳 じゃあ、どうするの?

この会は、「いきものひろっぱ」という土地を、鳥・虫・植物が安心してすめるばしょにしようとしています。

英語で「サンクチュアリ」といって、「安全な避難場所」という意味です。

やること:

  • 🌱 木や草花を植える
  • 💧 池をつくって、水辺の生き物をよぶ
  • 🐝 虫や鳥がすめるかんきょうをととのえる

お手本にしているのは、近くにある 男神社(おじんじゃ)の「鎮守の森(ちんじゅのもり)」 です。何百年もまもられてきた、いのちあふれる森です。


🌍 だれのためにやるの?

これから生まれてくる子どもたちや、すべての生き物のためです。

みなさんが大人になったとき、子どもができたとき、その子どもたちにも、虫や鳥や花でいっぱいの自然をのこしてあげたいですよね。

今わたしたちがどんなことをするかで、未来の地球がどうなるかが決まります。


🚲 わたしたちにもできること

むずかしいことじゃなくて、毎日のくらしの中でできることがあります!

  • 🚲 近いところは車じゃなく、自転車や歩きで行く
  • 🛍️ プラスチックのふくろをなるべく使わない
  • 💡 使っていない部屋の電気はこまめに消す
  • 🌿 花や木のことをもっと知ろうとする

📝 まとめ

「いきものひろっぱの会」は、こわれてしまった自然を少しずつとりもどすために、自分たちの町の土地から活動をはじめたグループです。生き物が安心してすめる場所をつくることが、未来の地球への贈りものになります。

みんなも、身近な自然に目をむけてみましょう。小さな虫や草花にも、ちゃんとたいせつないのちがあります 🌸


生きもの広っぱの会 趣意書をもとに作成

「生きもの広っぱの会」趣意書をわかりやすく解説!


🌿 「生きもの広っぱの会」趣意書をわかりやすく解説!

この記事では、「生きもの広っぱの会」の趣意書の内容を、中学生にもわかりやすく説明します。


✅ 一言でいうと?

「人間が自然を壊しすぎた。だから地域から自然を取り戻そう」という活動の宣言文です。


📌 大事なポイント4つ

① なぜ自然が壊れたの?

17世紀のヨーロッパで「人間と自然は別もの」という考え方が広まりました。それが科学・産業革命につながり、大量生産・大量消費の社会が生まれました。

その結果、現在では世界で 42,459種 もの生き物が絶滅の危機にあります。日本国内だけでも 3,772種 が絶滅危惧種です。

  • イリオモテヤマネコ
  • コウノトリ
  • ハヤブサ
  • チョウやトンボなどの昆虫類 など

② どこで何をするの?

大阪・泉南市の「りんくうタウン」南端にある空き地(=生きもの広っぱ)を、鳥・虫・植物が暮らせる サンクチュアリ(聖域・避難所) にする活動です。

かつてこの場所には、夕方になるとツバメやコウモリが空を埋め尽くすほど飛び交い、バッタ・トカゲ・トノサマガエルなどが生息していました。しかし昭和30年代の護岸工事以降、生き物の大半が消えてしまいました。

モデルにしているのは、この地域にある 男神社の「鎮守の森」。シイ・カシ・クスノキ・タブノキなど、何百年も続く豊かな植物群です。


③ 考え方を180度変えよう

今の社会の序列:

人間 > 動物 > 植物

この会が目指す転換:

植物 > 動物 > 人間

地球上のすべての生命の土台を作っているのは、光合成を行う 植物 だからです。(参考:コッチャ『植物の生の哲学』)

また、古来のアニミズム(すべてのものに魂が宿るという考え方)を見直し、人間が自然の一部であることを改めて認識することが大切だとしています。


④ 未来の子どもたちへの責任(未来倫理)

哲学者 ハンス・ヨナス の言葉がこの活動の軸になっています。

「あなたの行動の結果が、地球上の生命の永続性と調和するように行動しなさい」

「地球上で人類が生き続けるための条件を危険にさらしてはならない」── ハンス・ヨナス『責任という原理』

今の私たちの選択が、まだ生まれていない子どもたちや生き物の未来を決めます。それを 「未来倫理」 と呼んでいます。


🚲 日常でできること

趣意書では、生態系の回復は特別な活動だけでなく、日常生活の見直しとセットだとしています。

  • 車より 自転車 を使う
  • プラスチック製品 をできるだけ使わない
  • 電力の無駄遣い をしない
  • GNP・利便性・快適性だけを優先しない生き方を考える

📝 まとめ

自然を壊してきたのは人間。だから人間が地域ごとに自然を取り戻す責任がある。まずは自分たちの足元の土地から始めよう——それが「生きもの広っぱの会」の出発点です。

レイチェル・カーソン『沈黙の春』が農薬の危険性を訴えてから半世紀以上が経ちます。今こそ、身近な場所から生態系を回復させる小さな一歩が求められています。


参考文献:ハンス・ヨナス『責任という原理』/コッチャ『植物の生の哲学』/レイチェル・カーソン『沈黙の春』/IUCN レッドリスト

生きもの広っぱの会 趣意書

はじめに

五万年前、人は生態系を逸脱しました。狩猟採集と農耕の頃は人口も一万数千年前の数百万人から農耕時代末期の二億人まで増えたものの、超大型哺乳類などは滅びましたが、人の自給自足経済では、生態系の大きな破壊は見られません。

人間の手による止めどない自然破壊、その結果としての種の絶滅や気候変動、汚染物質の氾濫などは、大量生産大量消費のサイクルによります。それは17世紀のヨーロッパで人と自然を分断させる考え方が支配的となり、それ(主観と客観の分離)が功を奏して科学が進展し、産業革命が起こった結果だということが今では知られたことです。森の中で荘厳さを、自然への畏敬を感じとっていた太古の人たちとは全く反対です。

私たちは、世界中で寸断された自然を見るにつけ、その回復に向かえるのか、どうすればよいのか、滅びるしかないのか、暗澹たる思いです。そうした混沌とした世界にあって、わたしたちは、それぞれに住まう地域で、生態系が復元-存続できる場所(ニッチ)作りをすることが、私たちの第一のミッションで、未来の世代、すべての生類に対する責任であると考えます。

二点としては、これまで国の物差しとしてのGNP、社会の営みとしての利便性、快適性、個人の幸福追及などがありますが、わたしたちは、そうした基準を根本的にひっくり返し、人の限りない欲望をコントロールするといった考え方への根本的な転回をめざしています(*1)。

第三に、第一、第二を受けて、私たちの日常生活を謙虚に見直すことが何よりも大切だと考えます。


Ⅰ. <生きもの広っぱ>の地域の様相(過去・現在・未来)と課題

今も世界は「人間が万物の長だ」とする考え方ですが、この世界の土台を作ったのは光合成を行う植物で、植物こそが生命の土台です(*2)。したがって気候変動や温暖化を食い止めるには、大量生産大量消費を抑制するだけではなく、世界中の生態系を地域ごとに回復することが切迫した課題です。

それにはそれぞれの地域での植物の植栽から始めるしかありません。それとともにモノの考え方[人間>動物>植物]を百八十度、転回する[植物>動物>人間]ように努めることが大切なことです。

地域の歴史と現状

私たちが「生態系の回復及び管理」として引き受けた<生きもの広っぱ>は、大阪湾南部を関西空港関連の商工業用地として埋め立てた「りんくうタウン」の最南端に位置しています。

  • かつての風景: 隣接する男里川河口には白砂青松の風景が見られ、夕方にはツバメやコウモリが空を覆うほど飛び交い、バッタやトカゲ、トノサマガエルが生息していました。
  • 変遷と破壊: 昭和30年代の護岸工事で松林は伐採され、高い堤防だけが残り、生きものの大半は消滅しました。10年ほど前まであったサギ類の営巣地やタヌキの住処も、今は取り払われ大きな工場が建っています。

本会の発足と課題

当会は、議会での北出(当時、議員)の提案と行政(大阪府・泉南市)の承認(*3)の下、「大阪湾を埋め立てた商工業用地の南端の一角に生きものを回復しようとする<サンクチュアリ>」という考え方から始まりました(*4)。

まずは産廃の混じる固い土地を、すべての生類が生きられる土壌に転換し、そこに潮風に強い樹木や草花を植え、野鳥や昆虫が集まれるニッチ(*5)を作ることが基本的な課題です。

モデルとしての鎮守の森

この会がモデルとするのは、地域にある千数百年の歴史を持つ男神社の<鎮守の森>です。

  • 主な樹種: シイ、カシ、クスノキ、タブノキ、スダジイ、モチノキ、クロガネモチ、ツバキ、サザンカなど。
    これらの植物群にどのような動物や菌類が生息できるか、その全体をバイオーム(生物群系)として学ぶことも欠かせません。

Ⅱ. これまでの考え方の転回

世界を覆っている工業化・都市化による地球環境破壊にあって、原初、人間と自然が一体化していたとする「アニミズム」が見直されています。人が森を出て農耕社会に入り、科学が世界を支配するようになった結果、人間は傲慢になり、生(森)の神秘性は霧散しました。

アニミズムを知ることは、あらゆる生類あってこその人間であることを知ることです。人間は自然を操作・支配できると考え、世界中を工業化・都市化してきた結果、現在、世界では42,459種、日本国内でも3,772種もの絶滅危惧種が存在しています(*6)。


Ⅲ. 人新世の時代の倫理

僕らは、これから生まれてくる子どもたちやすべての生類に対して、責任があります。未来の子どもたちや生きとし生けるものらへの「生の配慮」、すなわち「未来倫理」が欠かせません。

ハンス・ヨナス『責任という原理』より

  • 「あなたの行動の結果が、地球上の生命の永続性と調和するように行動しなさい」
  • 「あなたの行動の結果が、地球上の生命の将来の可能性を破壊しないように行動しなさい」
  • 「地球上で人類が生き続けるための条件を危険にさらしてはならない」

この命題を考え、子どもや動植物など「弱きもの」に対する配慮・責任として、自分たちにできることから始めることが、今を生きる世代の責任です。


Ⅳ. 私たちの日常規範

生態系の回復に努めることは、これまでの価値基準(GNPや利便性、快適性など)を反省し、生活の質の豊かさを実行してゆくことと一体です。

  • 車より自転車を使う
  • プラスチック製品をできるだけ使わない
  • 電力の無駄使いをしない
    これらをみんなで話し合うことが大切です。

注釈・資料

  • *1: 「われわれを導いてくれる権威の源泉は…われわれはこの世界の内部で今あるわれわれになったのだということで十分だ」「人間の自然的本性は、真理や価値判断、それに自由の十分な基礎である」(ハンス・ヨナス)
  • *2: 「植物こそが世界を作り上げている」、つまり「わたしたちの世界は、動物事象である以前に植物事象」である(『植物の生の哲学』コッチャ)。
  • *3(整備方向): * 人間が主役の他のエリアとは異なり、動植物が主役の聖域(サンクチュアリ)を創出する。
    • 男里川河口部と一体的な整備を図る。
    • 主要施設:野鳥園・人工池、野鳥館、海浜緑地(展望台・散策路等)。
  • *4(サンクチュアリ): 聖域、避難所、禁漁区。
  • *5(ニッチ): 生物学で「適応した特有の生息場所(生態的地位)」を指す。
  • *6: レイチェル・カーソン『沈黙の春』が警鐘を鳴らしたように、生物が土壌を形成し、無数の生物がうごめいていればこそ、大地はいつも緑の衣でおおわれている。センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)を授けてほしい。