親鸞の「自然法爾」と現代の生態系再生、そして鎮守の森

1. 自然法爾(じねんほうに)の現代的解釈

親鸞の**「自然法爾(じねんほうに)」**について、今一度言及します。

それは、人間の「計らい」を捨てることですが、僕がそれを現代的に解釈すれば、第一に、近代の人間の、自然を思うがままにコントロールできる(資源の無制限の収奪とか)といった無知と傲慢をひっくり返すことです。

僕らが、今、推し進めている生態系の再生は、人間はあらゆる生きもの、そして無機物との関係性のなかで、その一員として生き物ネットワークのなかで生きているということです。仏教用語で言えば**「縁起」**です。

*縁起とは

すべての現象は「原因(因)」と「条件(縁)」が相互に関係しあって生じるという、独立自存しない(相互依存、無自性)な存在の様相を説明する用語です。

現代の人類学の用語を使えば、イギリスの文化人類学者、ティム・インゴルドの、**「人は大きな生命の網の目(メッシュワーク)の一部に過ぎない」**ということになります。


2. 人間中心主義の打破と「レンマ」の視点

ヨーロッパ哲学史で言うと、ルネッサンスからデカルト[我思う、ゆえに我あり]に至る、人間の偉大、人間中心主義の打破です。人間中心主義は、主観(主体)と客観(客体)、精神と身体、人間と自然の分裂と、前者による後者の支配と同義です。

これらの機能は、一言でいうと、**「理性(reason)」**に集約されます。主観と客観が明示的に分裂したように、近代理性は、世界の物事をまずは分断し分析します。もちろんそれらの分析結果は総合され、そこからまた推論を持って演繹されるわけですが、大元は分析であって、俗にいう直観で全体を捉えるという方法ではありません。

後者のやり方は、理性=ロゴスに対して、**「レンマ」**と言います。物事を一気に直覚的、包括的に捉える方法です。


3. 「あるがまま」と「義なきを義とす」

あらためて自然法爾ですが、**「自然(じねん)」とは、文字通り「自(おの)ずから、然(しか)る」ことです。次に「法爾(ほうに)」**とは、「法(真理)がそのままに顕現していること」、または人の計らいを離れた「あるがままの状態」を言います。

もちろん親鸞にあっては、法爾は阿弥陀仏の願い(本願)そのものであり、如来のはたらきによって浄土へ導かれる道理なのですが、それは徹底して人間の計らいを排除するということです。

さらに親鸞は、正義なども人間が考えたこととして、**「義なきを義とす」**とも言います。

現代の文脈で言えば、今なお人間は、快適さ、便利さ、そして個人の幸福追求のために、自然の資源を後先を考えずに掘り尽くそうとし、それがあたかも(人間の)正義であるかのように、世の中は受けとめ動いていますが、それが親鸞の言う<義>です。

[昔、日本共産党が、我こそが<唯一正義の味方>と宣伝していたことがあります。]


4. 世界の一員としての判断と実践

もちろん、ここに生じやすい大きな誤解は、「では人間は何も考えず、行為せずに生きれば良いのか」という反問です。

そうではなく、人はこの世に生きる限り、その時々に、状況に応じて判断を問われざるをえないので、全体を捉え、考え、こうだと思う意思決定をし、間髪入れずに、それは世界の一員としての判断だと相対化し、へりくだるということです。

僕らの森作りで言えば、森の再生活動において、僕らは粘土質の土壌に堆肥や籾殻を混ぜ合わせ、今の苗木には、暴風、防虫、降雨対策などを丁寧にしなければなりませんが、それは法爾に従った作業であり、僕らは森が自ら生成するのを手助けしているということです。

法爾とか、仏教では「法」という語が頻繁にでてきますが、僕らとしては、仏教の言う法は、道理、自然の摂理と解しておけば良いと思います。

木々など植物はしっかり大地に定着すれば、菌根菌などの(核を持つ)菌類や(核を持たない)バクテリアなどと共生しながら、それぞれに水分養分を吸収し、日の光を浴びながら葉を広げ、花を咲かし、実となり、繁茂してゆくわけです。

それが親鸞の言う「自然法爾」であり、ヨーロッパ哲学史で言えば、スピノザの「自然即神」です。

ただしかし、親鸞の「自然」は「救済」としての「法(ダルマ)」ですが、スピノザの自然は、人間の主観を離れた、自ずと生産する宇宙の自律的プロセスであり、その意味で、親鸞が情的であるのに対し、スピノザは知的であると言えます。で、スピノザの知的な峻厳さに呼応するのは、親鸞の「信」よりも道元の「現成」に近いと言えるでしょう。


5. 【現場報告】森作りと土壌改良の現状

大東さん、お疲れさまです。

  • アナカリスの状況: 池に住んでもらってからもう半年、どれくらい繁殖していますか?
  • えのきの成長: やはりえのきは、元々たくましいのと、昨年の、毎日のように水、堆肥の世話をしてくれたおかげです。
  • 今後の植栽計画: 盛り上がった小山は、水が溜まる心配はあまりないし、今年は、**スダジイ(シイノキ)、タブノキ、シラカシ(アカガシ)**を植えることを基本として考えておいて下さい。

推奨する3つの樹種とその特性

樹種特性
スダジイ潮風や強風に強く、成長が早い。
タブノキ潮風や強風に非常に強い。
シラカシ寒さや乾燥に強く、潮風にも耐性がある。

この3種類を、宮脇さんが言うように、競合的に密集して植えるのが、鎮守の森作りに最良かと思います。費用は何とかします。よろしくお願いいたします。


駐車場横の土壌改良について

堤沿いの植栽で余った苗木を駐車場横の土地に急遽植栽したので、粘土質の土壌の改良が出来ないままでした。

渡邊さんが堆肥や防虫剤のやり方を説明してくれて以降、みんなの水やり、西尾さんの溝掘り、渡邊さんの毎日の観察による、状況に応じた肥料、防虫などの施しとか、みんなの努力でなんとかしのいでいますが、もっと土壌改良をなんとかしなければ、苗木はアップアップのままでしょう。

いわゆる土壌を団粒構造にすることが大事です。

去年から南副会長や西尾さんらが腐葉土やバーク堆肥、籾殻などを断続的に入れ、南副会長は耕作もしてくれましたが、駐車場横はほとんど手つかずだったので、今後はバーミキュライトやパーライトをかき混ぜ、土壌のスポンジ状の構造を増やし、通気性・排水性を改善するしか方法はないように思えます。

よろしくお願いいたします。


6. 日本人の自然観への問い

日本人は、近隣を見渡しても、アスファルトとコンクリートで作られた都市生活に慣れきっているにせよ、生態系、つまり生き物が生きるベースを織りなしている植物への親和性が乏しいばかりでなく、街路樹にしても、庭や街路の樹木の枯葉の掃除は大変であるにせよ、葉が散るから嫌だという住民が多く、隣同士の諍い(いさかい)もたえません。

僕が議員と区長(あるいは顧問)を兼任している時に、サンクチュアリとしての野鳥園を議会に提案し大阪府と議論を繰り返し、獲得しましたが、当時から区の役員の関心は低いものでした。

これは一体どういうことでしょう。どう思いますか。

もちろん、砂漠や草原が大半の国と違い、日本はたくさんの山々が縦走する国で、都市部を離れれば直ぐに山がそびえ、木々にこと欠きません。

南方熊楠は、神社仏閣の整理統合に際し、鎮守の森の伐採に徹底的に反対しましたが、明治以降の工業化、都市化による森林の伐採は、人の生活の利便性、快適性から、激しい反対もさほどないまま開発が行われてきました。ヨーロッパで一定の影響力を持つ緑の党も、日本では流行りません。

日本には、鎮守の森を残してきたとか、「草木国土悉皆成仏」とか、「自然法爾」とか言った言葉が残されている割には、このざまです。

今も、僕が日本仏教、とりわけ空海、親鸞、道元を読み続けているのは、日本人の自然観を読み取ろうとする動機もあります。


【解説】南方熊楠の神社合祀反対運動

明治末期、政府の神社合祀政策により地域の鎮守の森と伝承が破壊される危機に対し、南方熊楠は「自然保護」と「民俗学」の観点から激しい反対運動を展開しました。新聞投稿や『南方二書』などで森林伐採の弊害を訴え、1910年には抗議活動で拘留されるなど、早期エコロジー思想の先駆者として和歌山県の合祀強制を終結させました。

運動のポイント

  • 背景: 明治政府が日露戦争後、国家管理のために村々の小さな神社を大きな神社へ強制的に合併させた(神社合祀)。
  • 熊楠の目的: 熊楠の主たる研究対象である粘菌や変形菌が生息する「鎮守の森」が伐採され、地域の貴重な生態系や伝承が失われることを阻止すること。
  • 主な反対活動:
    • 『牟婁新報』への投書による批判。
    • 地元代議士(中村啓次郎)を通じた帝国議会への請願。
    • 民俗学者・柳田國男に宛てた長文の書簡(のちに『南方二書』として配布)。
    • 1910年、合祀推進者への抗議で信玄袋を投げ込み、家宅侵入罪で17日間拘留。
  • 成果: 熊楠の運動は地方の有識者を巻き込み、和歌山県は明治44年(1911年)に合祀の強制を事実上停止、成果をあげました。

この運動により、社寺林(鎮守の森)の環境破壊が食い止められた事例も多く、現代ではエコロジー運動の先駆けとして高く評価されています。

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